すっかり日記ではなく"週記"に為って仕舞って居ますが生きてます、花彩です。
五月五日。
私にとってとても特別な日。
小さな頃病床の母(今より病状が酷くて寝た切りだったのです)に代わって、少しの間だけだったけれど関西から此方へ来て面倒を見て下さった曾祖母。
朧気な記憶しか無いけれど、眼鏡の奥の眼がとても優しかったのを覚えて居ます。
関西に帰って仕舞って以来は会うことも無く、偶にお電話をすると「花彩ちゃんかね、花彩ちゃんかね、」と、泪乍らに喜んで呉れて居ました。
高校に上がって、おばあちゃんが老人ホームに入ったとお聞きして、学校を休んで母と数泊で会いにゆきました。
其の時は未だ意識がはっきりと有って、お話をすることも出来ました。
其れから又数年経って、今度は余り状態が宜しくない、先がもう長くないかも知れないとのことで、再び会いにゆきました。
其処にはもう以前の様なおばあちゃんの姿は無く、意味を成さない言葉を零して居るばかりで、けれど始終にこにこと笑って居たのを覚えて居ます。
もう誰のことも思い出しては呉れませんでした。
孫である母のことも曖昧にしか思い出せない様で、唯一愛した息子である祖父の名前を出すと少し反応を返して呉れる程度で。
けれど奇跡が起こったのです。
一瞬のことでした。
焦点の合って居なかった瞳ががぴたりと私に合って、生き生きとした表情で、「花彩ちゃんかね!?大きぃ成ったなぁ!」と、はっきりとそう告げたのです。
其の一瞬の後は又焦点の合わない、にこにこと曖昧な状態に戻って仕舞って、もう元のおばあちゃんが戻って来て呉れることはありませんでした。
そんな出来事が有って又数年。
私はすっかり体と心を壊して仕舞って居ました。
てっきりおばあちゃんは生きて居て呉れて居るのだと、又元気に為ったら会いに行くのだと心に決めて居ました。
けれど其の時にはもう、おばあちゃんは亡くなって居たのでした。
おばあちゃんの生前の希望で、身内だけの小さな小さなお葬式を行っただけで、遠方の親戚等は呼ばなかったそうです。
勿論祖父はおばあちゃんの訃報をリアルタイムに聞いて居た筈なのですが、私には告げずに居た様で、其れが心遣いだったのかも知れないけれど、私は随分憤慨しました。
大好きなおばあちゃんと最期のお別れを出来ずに終わって仕舞っただなんて酷過ぎます。
私に出来ることはもう、お仏壇に手を合わせることと、時折思い出してあげることだけ。
歯痒い思いが今でも残って居ます。
そして其のおばあちゃんの命日が今日、五月五日なのです。
五月五日に思い入れの有る理由はもうひとつ御座います。
二〇〇四年に亡くなった、私の敬愛するシンガーソングライター、岡崎律子さんの命日も又、今日、五月五日なのです。
小学生の頃から岡崎さんの透明で底抜けに優しい唄が大好きでした。
辛いことが有っては、淋しい気持ちに為っては、イヤフォンを装着して爆音で聴いて居ました。
そしてひと泣きすれば元気に戻ることが出来て居たのです。
そんな訳も有って、訃報を耳にした時はショックで如何し様も無く、只々泣くことしか出来ませんでした。
更に死後発売された未完成のアルバム、『forRITZ』を発売日に聴いて又泪。
歌詞のひとつひとつが、最早遺書の様な役割を担って居るのです。
病床で作詞作曲を手掛けたものの、未完成の儘終わって仕舞ったアルバム。
けれど其れは驚く程の完成度を為して居るのです。
アルバム最後の一曲はスタッフさん方の配慮で、一番有名と思しき一曲、「For フルーツバスケット」で締め括られて居ます。
朝起きて直ぐに岡崎さんの声を聴いて、お仏壇に手を合わせにゆきました。
けれど少しも前向きに生きようと出来ない・・・否、しない私が、何十年と云う年月を掛けて生を全[マット]うしたおばあちゃんと、最後の最後迄生きようと頑張り続けた岡崎さんに、合わせる顔が無いと思いました。
泪がぼろぼろ零れて、ご免なさい、ご免なさい、有り難う、と、何度も反芻することしか出来ませんでした。
此の記事のタイトルにも引用させて貰った岡崎さんの曲の中に、こんな歌詞が有ります。
『たとえ苦しい今日だとしても
昨日の傷をのこしていても
信じたい心ほどいてゆけると
生まれ変わることはできないよ
だけど変わってはゆけるから
Let's stay together いつも』
『たとえ苦しい今日だとしても
いつかあたたかな想い出になる
心ごとすべてなげだせたなら
生まれ変わることはできないよ
だけど変わってはゆけるから
Let's stay together いつも』
おばあちゃんも、岡崎さんも、とてもとても強い人でした。
私もこんな風に、心から信じることが出来る日が来るでしょうか?
けれど岡崎さんは仰って居ます。
『私は ねえ つよかった?
いいえ いつも揺れていたのよ』
若しかしたら強くなんて成れなくても良いのかも知れません。
強く在りたいと心に留めて置けば、只其れだけで。