極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

カテゴリー "独人言、及び戯言" の記事

「life is short」って口ずさみながら「life is beautiful」って歌おう この地がカラフルな花びらで溢れるように

今晩は。
「お久し振りです」が口癖と言うか、決まり文句に為って居りますが、此のブログの一応の管理者、花彩です。笑
何だかとっても此処が恋しく為って、ちょっとばかり浮上しに来てみました。
特別何か哀しいことが有った訳でも、大きな出来事が有った訳でもありません。
恋しく為ったとは先述しましたが、何とは無しにぼんやりと、「懐かしく為った」って表現が一番適切かも知れません。
此のブログの十歳のお誕生日が六月二十日だったのですが、華麗にスルーして仕舞ったと云う、若干の後ろめたさも有ったり無かったり・・・。笑
下の記事にも書きましたが、年単位で更新を止めて仕舞って居たりするので、十年間ブログを書き続けて居たと云う表現は適切では無く、正確には十年間ブログのアカウントを保持して居た、と云う風に為るのですけれどね。
まあ取り敢えずそんな細かいことは置いておいて・・・・
万歳、極彩色サナトリウム!
おめでとう、極彩色サナトリウム!!(親莫迦の境地。笑)
十年って結構長いぞ?
桁だって変わっちゃうんだぞ??笑
インターネットと云う名の海原で、ふよふよ存在し続けて、ずっと私の帰る場所で居てくれた此の場は本当に何ものにも代えがたいです。
でも少し甘ったれ根性を垂れ流すことが許されるのならば、十年間此のブログと一緒に、何とかかんとか生命を繋げて来た私の頭をぽん、と撫でてやって欲しい気持ちも有ったりします。笑
本当に軽いお気持ちで充分幸せいっぱいに為れる自信が有りますので。
後、甘いもの等投げ与えて下されば、大変容易にカサイGO出来ると思いますので、是非お試しの程、宜しくお願い致します・・・!笑

お話が大幅に反れました、ご免なさい。笑
生命を繋げて来た、って云うのも実は何だか違う気もして居て、下の方の記事にも再三書いては居ると思いますが、「生かして戴いて居る」が適切と云うか、正しい気もして居ります。
今の職場と出逢って働かせて戴き始めてから、もう少しで半年が経とうとして居ます。
「どんな職場なの?」って訊ねられたら、「うーん、ちょっとクリエイティブな感じの事務?」ってぼんやり答えて居りますので、此処にもそう記して置こうと思います。笑
お仕事の内容等、やましいことは何ひとつ無いのですが、何と無く此処ではあまり深くは掘り下げて書かずに居ようと思って居りますので。
ほんの一ミリ、一ミクロンだって穢されたくない、水を差して欲しくないと、護り抜きたいと、縋ってでも大切にしたいと想う場所だからかも知れません。
「大事にして戴いて居る」と、びしばし痛感する。
自分が何を何処迄出来るのかさえ、今は未だ判らねど、どうにか少しでもお応えしたいと、痛切に想う。
でも、自己犠牲の上に成長等無いことは、ましてや恩返し等出来ないことは、ちっぽけな脳味噌でも理解はして居るから、もしも大切だと想って居る今の場所が、私に何らかの牙を剥くだなんてことが万が一にも有ったなら、私は全力で保身して、全力で自分を護って、全力で逃げます。
そうやって自分を護ると云う行為が、ひいては自分の大切な人をも護るのだと、随分と痛くて派手な傷と引き換えに学んだからです。

内情をご存知でない方からしてみたら、何のこっちゃ?な文章をたらたらと連ねて仕舞い申し訳御座いません。
やっぱり私は私で、相変わらずの問題児っぷりをがんがんに発揮して仕舞って居るのが現実で、ご迷惑お掛けして居る皆様にはご免なさいの土下座が間に合いませんが、取り敢えず私は元気だよー、生きてるよー、明日も生きたいよー!って、此処だけ伝えさせて戴ければもう万々歳なのですが!何だったんだ此処迄の長文は!笑

三年前に夏を越せずに逝って仕舞った愛猫が教えてくれたこと、心に刻んで、体中の色んなメーター振り切って、大嫌いな夏を走り抜こうと、其のずっと先も見越してやろうと、眼つきは鋭く、強く強く在れたら良いな、って、そんなイメージ。

サナトリウムはふよふよ、私が生きて居る限り此処に在ります。
当然私も居ます。
綺麗なお花も、美味しいお菓子も、可憐なお洋服も、全部全部貴方のもの。
灰色な毎日に疲れたら、何時でも療養しにいらして下さいね。
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呼吸が鼓動が大きく聴こえる 生きている内に

お早う御座います、毎回長く留守をして仕舞うので、冒頭の言葉に困って仕舞う、実は生きて居た花彩です。(笑)
二つ下の記事じゃあ記事を後三つ上げるなんてご大層なことを言っちゃってますが、見事に企画倒れしてますね、ご免なさい。
有言不実行、良くないですね。
今更お見せする顔も無いブログ管理者ですが、ぱちぱち拍手を下さる方が未だにいらして下さるので、そんなお優しい読者様に甘えさせて戴いて、久々に文字を連ねようかと思い立ちました。
そんなに長くはしない・・・予定です、多分。
・・・嘘です、絶対長く為る予感がします。(笑)

ええと、六月二十日には顔をお出しして居りませんが、実は此のブログの八歳のお誕生日だったりしました。
此処迄来ると、もう愛着が湧かない方が可笑しいですよね。
愛しい愛しい私の居場所。
今と為ってはもう恥ずかしくって昔の記事なんて読めたものでは無いですけれど。
其れでも此処は私が生きて来た証拠であり足跡です。
そして昨日二十四日は私自身のお誕生日でもありました。
そんな切っ掛けが有ったので、浮上して来たと云うのも有ります。
今年の花彩は構ってちゃん為らぬ祝ってちゃん。(笑)
取り敢えず身の周りの方々に祝い倒して戴きました。
家族は勿論、Twitterでお世話に為って居る方々、頑張って続けて居る英会話の先生方や生徒さん方、昔からのお付き合いのお友達。
両手じゃあ足りない位の尊い「おめでとう」を戴きました。
其れ等は未だ私の胸の中できらきらと瞬いて、私を眠らせて呉れないのです。
嬉しい、こんなにも純粋に。

ずっとずっと死にたがりだった私。
はっと気づいて生きたがりに成った私。
其れでも実は毎年お誕生日は苦痛で、ひとりでこっそり泣いて居ました。
此の歳に成ってやっと判った泪の理由は色々で、例えばママの抱擁が必要だったり、パパの声が欲しかったり、大きな大きなプレゼントを期待したり、やっとこさ生きた一年と、又よいしょと生きねば為らぬ一年を前に、怯えて震える足を手を支えるだけの何か"特別"が欲しくて仕方が無かったのだと想います。
去年の夏、愛猫を亡くしました。
死と云う名の、どうしようも無い「現実」を知りました、知らざるを得ない時が、人生には有るのだと知りました。
母も私も、元々持つ病気を悪化させました。
一年経った今、やっと少し軌道を修正出来る様に成りました。
母は遠くを見て言いました、「十七年間、老いた猫が生きて死んだだけの、只其れだけの現実よ。」
私はとても、書いて字の通り腑に落ちました。
ごちゃ混ぜに為った生と死が、私のお腹にすとんと、納まりました。
嗚呼、私は一年間生かされ生きて、そして又一年、きっと生かされ生きるだけのことなんだなあ、と。
其れは有り難いことに今の私の身体機能からして見れば至極当然のことで、どうしようも無い「現実」なんだなあ、と、すんなり想ったのです。
そして其れは過去の自分からして見れば驚くべきことに、何ひとつ恐いことではありませんでした。
与えられた生命を生きる、只其れだけのこと。
気付いたら、只其処に広がる世界は美しかったです。
泣くことなんて何ひとつ無い。

はい、何だか良い感じに何が言いたいのか伝えたいのか意味が判らなく為って来たのでひとことに纏めてみます。(笑)
色々有るけど、私元気に生きてるよ!
其れだけ。

偶には良く言えばシンプルに、悪く言えば尻切れトンボに、記事を終えてみることにします。
Twitterなんかでは割とネット活動して居りますので、もし其方でお付き合い戴ける方は其方で。
今も此のサナトリウムの患者さんだよ、って方は、どうか、是非、又いずれ。
両手いっぱいの有り難うを込めて。



花彩

いろとりどりの きのうと明日

今晩は。
日付が変わって仕舞って居る上に、自分で言うのも如何なものかと思いますが、今日(二十四日)はお目出度い日です!
私の誕生日なのです、又ひとつ歳を取りました。
幾つに成ったかは・・・まあまあ、置いておいて・・・。(笑)
少し前迄誕生日は私にとってずっと憎むべき日でした。
産まれたいなんて願ってもないのに産み落とされて、苦渋の日々を強いられて居るだなんて、悲劇のヒロインじみた被害妄想を抱いて。
今はこんなにこんなに自分の生命が、与えられた生命が愛おしいよ。
今はそう想える。


今日現在が確かなら万事快調よ 明日には全く憶えて居なくたっていいの
by東京事変/閃光少女

そんな気分なので、今を大事にしようと想います。
昨日(二十三日)はみぃが一番に(十二時ぴったりに!)LINEでおめでとうを伝えて呉れて、とてもとても嬉しい気持ちでした。
此れは行ける!今年こそは泣かずに誕生日を乗り切れる!そう想った矢先・・・
私の莫迦な脳は思い出して仕舞うのです、阿呆の極みを突き進む親父のことや、でも其の人達と家族で過ごしたきらめく日々のこと。
そして其れがひとつひとつ欠けて行って、散り散りに為って、今ではすっかり跡形も無くなって仕舞ったと云う現実。
父が居なく為って、愛犬陸が亡くなって、愛猫天が亡くなって。
唯一心を繋ぎ留めて呉れて居た動物達の死は本当に大きいです。
天のふわふわでさらさらな柔らかくて暖かい感触は未だ此の手に残って居ると云うのに、よりリアルに浮かぶのは泣きながら砕いた骨の感触で。
鳴らない携帯を嘆いても、隣には何時でも天が居て呉れたのになあ・・・って、考え出したらもうアウト。
急降下です。
ぜえぜえ泣いて、一気にとてもとても淋しい気持ち。
こんな歳に成って、何時迄も何を引き摺って居るんだって自分でも想うけれど、想って仕舞うのが幼稚な私なのだから仕方無い。
お薬ごっくん、泣き寝入りでした。
二十四日は無事普通に目覚めることが出来ましたが、天が亡くなってから身体の一部を喪ったかの様に調子を崩して居る母は相も変わらず寝込んで仕舞って居て、お部屋にぽつん、残された気分の私。
此れはいけない、此の儘じゃあ淋しいお誕生日で終わって仕舞う!!
急いでお化粧して、着替えて、ひとりでお家を飛び出して、向かうはひとりカラオケ。
余計淋しく為るの眼に見えてるじゃないですかー!(笑)
でもまあ、オフ友さん居ないのは今に始まったことじゃあ無いし、自分で蒔いた種なので嘆きはしないし、ひとカラ大丈夫な人なので、二時間ぎっちり歌い詰めて、さて帰ろうかとカラオケ屋さんを後にしようと思ったら、母から「今何処」ってひとことメールが。
場所を伝えると、直ぐに幼馴染のお母さん友達を連れて迎えに来て呉れました。
頭の中は「???」でしたが、此のお友達さん、私もサシでカラオケに行ったりする仲な訳で・・・。
まさかのカラオケはしごでした(笑)
そして人にプレゼントをするのが大好きなのだと云うお優しいお友達さんに、両手に溢れんばかりのプレゼントとお手紙を戴きまして・・・え?次は母の彼氏さんがカラオケ屋さんの下に来て下すって居るって?
最早頭が進行の速さに付いて行きません。
急いで階段を下りると、沢山の可愛い色とりどりのスティックケーキを二箱分と、カラオケに行くと必ず感極まって号泣する母と私の特性をしっかり掴んで、二枚のトトロのハンカチを渡されました。
此れで泪拭きなさいよ、って。
母も九月一日がお誕生日だったので、しっかりラッピングの袋に宛名も書いて呉れて居ました。
そしたら、そんなことされたら、もう恐縮で、でもとてもとても嬉しくて仕方無くて、身体がきゅ~っって縮こまる勢いで泪が又溢れて。
淋しいなんて一瞬でも感じたのが申し訳無くさえ想えて来て。
有り難うって、今日何回私は口にしたのでしょう、そして其れは何て幸せなことなのでしょう。
TwitterでもLINEでもメールでも続々と届くおめでとうの言葉。
其れが私には、「お前は其処に産まれて、生かされて居て良いんだよ」って言葉に想えて、戴いたプレゼントも此の上無く最高に嬉しかったけれど、何より其の言葉達が骨身に染み渡りました。
因みに母からはマジョリカマジョルカのチークと、今セブンでやって居るディズニーの一番くじの景品を、深刻に今お金が無い現状だと云うのに、しこたま戴きました。

・・・私のお誕生日のお惚気話はもう沢山だって?
其れは失礼致しました、じゃあ此の辺に致します。
だってとっても嬉しかったのですもの。
皆様、本当に本当に有り難う御座います。


ついでに最近のロリィタ写真もぺたり。









左腕のブレスレットの下に隠した傷跡は
きっと数え切れない程描いた未来への憧れと夢だった
傷はもう消えないし、もっと増えるかも知れない
其れでも掴んだものが有ることを私は知って居る
此の足が歩けることも知って居るし
此の指が繋ぎ留められることも知って居る
もう鳴らない携帯なんて嘆かない
降って来ることの無い言葉も望まない
此処に在るものが総てだよ
此処に居る貴方が総てだよ
此処に確かに存在する気持ちが総てなんだ

お誕生日おめでとうの言葉をひとつだけそっと私に
抱え切れない程の有り難うの言葉は両手一杯貴方へ
きらめく色とりどりの明日を生きたい私に
神様どうか次の頁を

憶えてて 良く晴れた 青い青いあの朝を

今晩は。

今日は天のお骨を散骨して参りました。
下の記事では、母の彼氏さんのお船を借りて・・・と書きましたが、矢張り此処は母と二人で、と云うことに為り、海を渡って直ぐの港町迄お車を走らせて、行って参りました。
母は吐きそうに為る程泣いて居たので、お骨は拾った木の枝を使って、骨壷の中で私がぼろぼろ泣きながら全部粉々に砕きました。
骨壷を包んで居た布の上に、粉々に為ったお骨を広げて、二人で端を持って、「せーの」でさらり。
天は自然に還ってゆきました。
とても静かで自然に囲まれた場所だったので、きっと天も気に入って呉れる筈。
・・・なんて云うのは、人間の勝手な心の問題で、もうあのお骨と天は切り離された関係の無いものだと私は想って居ます。

本当に天には沢山のものを貰いました。
もう二度と動物なんて飼える気がしないし、私迄死ぬ程辛い思いをして居るけれど、君と出逢えたことを後悔するなんてことは一生、絶対に無いよ。
一生忘れない。
一生大切にする。
一生、生きてゆく。
約束するから、見守って居てね。

癒せない でも全てを連れて

お久し振りです、お早う御座います。
好い加減浮上しようと想いまして、朝から記事を綴って居ります。
訳の判らない文章だけ置いて放置して置くのも忍び無いかなとも思いまして・・・。

さてさて、本題に入ります。
去る七月二十五日の二十三時三十七分に、十七年間一緒に育って一緒に過ごして来た愛猫、天が亡くなりました。
腎不全を起こして居たのですが、病院の先生曰く、もう殆ど老衰と見なして良いだろうとのことでした。
今やっと気持ちが少し落ち着いて来た処ですが、未だやっぱり泪は出るし、淋しくて淋しくて如何にも出来ない心境です。
心の整理なんて早々着くものではないですしね。
最期は我が家で母、祖母、私と、皆で見送れたことに関してはとても良かったのではないかな、と想います。

天は、親に見棄てられて居た処を私が小学一年生の時に見付けて拾って来た子でした。
母の必死の看病により、何とか一命を取り留めて、其の後十七年も私達を癒して笑わせて前を向かせて、生きて呉れました。
私がひとりで泣いて居る時には、心配してか、私の傍をぐるぐる回ったり、ぴったり引っ付いたりして居て呉れた、優しい優しい子でした。
家族が解散して現在の祖父母宅に引っ越して来てからも、驚くべき順応性で以て直ぐにお家に慣れ、皆の愛を一身に受け、此処迄生き抜いて呉れたのです。

最期の時は、病院に連れて行ったけれど、もう病院でほんの少しだけ延命して死なせるか、連れて帰って死なせるかの選択でしたので、母と相談して、連れて帰る方を選びました。
亡くなる間際はとても苦しそうだったけれど、最期は見開いて居た大きなおめめも閉じて、眠る様に逝きました。
母も祖母も私も泣いて泣いて、天はびしょびしょに為って仕舞ったけれど、きちんと身体を綺麗に拭いてあげて、大好きだったお庭の草花を敷き詰めた上に寝かせてやり、翌日火葬場へ連れて行きました。
いざ焼き場へ連れて行くと、むわっとした暑さに包まれて、係員の方は、此処で倒れられり気分を悪くされる方もいらっしゃるので、後のことは此方で承りますとも言って下さいましたが、そんな処で天を手放すことも出来ず、焼き場の機械に天を寝かせて、スイッチを押す迄の作業を母と二人でしました。
目印と言うか、天と言ったら此れ!と云う鈴の付いた首輪も、もう一緒に燃やして仕舞いました。
お骨に為る迄の一時間半の間、母の車の中で、煙も出ない焼き場の方を只々見詰めて、亡くなって仕舞ったのだと云うことを痛感しました。
焼き上がってからは、ぼろぼろ泣きながら、とっても小さく為って仕舞った、未だ熱いお骨を直接掌で掻き集めて骨壷に鈴と一緒に入れました。
後日母の彼氏さん所有のお船で海の沖迄連れて行って貰い、散骨する予定です。

世の中はお盆だけれど、きっと天は帰っては来ないと思う、って云う様なお話を昨晩母として居ました。
動物達は、天国に続くきらきらとした虹の橋の麓に居て、私達が行くのを待って居て呉れるんだね、と。
だから天は其処に居て、一足先に逝って仕舞った愛犬陸と一緒に楽しく快適に、悠々自適に過ごして居るんだと想います。
明日は家もお盆で、お坊さんがお家にいらしてお経を上げて下さる日です。
天が帰って来て呉れないのなんて淋しくて仕方が無いと想って居た、そんな丁度昨日の夜か、今日の朝方。
天は夢に出て来て呉れました。
前住んで居た家で、母と二人でお座敷に居たら、其処には天が居て、「ほら、ママ、天やっぱり帰って来て呉れたんだよ!」って私は大喜びして、天は沢山沢山撫でさせて呉れて、「ママも撫でなよ」って言ったけれど、「ママは良いよ」って言って、「陸はパパの処に行ったのかなあ・・・?」「如何かなあ・・・?」なんて会話をして居たら、天がきらきら光り出して、昨晩話して居た、虹の麓の方へ行って仕舞いました。
起きたら私は泣いて居て、手にはしっかりとふわふわでさらさらの天の毛並みの感触が残って居ました。
暫く泪は止まらなかったけれど、ちんたらぐずぐずと私が何時迄も天のことを引き摺って居るから、天が仕方無しに「仕様がねえなあ」って会いに来て呉れたのだから、私はきっと、もう大丈夫に為ってゆくんだろうなあと想います。

丁度一週間後には、今年に入ってからずっと計画して居た大きな一歩を踏み出す予定です。
一度は心身共に滅茶苦茶な状態に為って仕舞い、キャンセルして仕舞ったけれど、雨天決行、頑張って踏み出す積もりです。
皆みんな、大丈夫であります様に。



有り難う。

無題。

現実は突然に
何の躊躇も無く
何の奇跡も起こすこと無く
嵐のひとつも呼ぶこと無く
其の大きな掌で
静かに忍び寄っては
頭を鷲掴みにして
只々地面に叩き付ける
想いも憂いも愛さえも
為す術無しに立ち竦み
じっと私を見詰めて居る

此処に私が立って居られるのは
君と過ごした毎日と
君が呉れた何もかもが
総出で背中を抱えて呉れるから
暖かい温もりの感触が
此の手に未だ残って居るから

有り難う
又ね、
有り難う
有り難う

有り難う

雪解け、心解け。

心の固いほつれが
ゆっくりと解けてゆく
私の雪解けは
若しかしたらもう直ぐなのかも知れない
結局の処
形は拒絶でも良い
本当は其れが
暖かな嘘だと知って居るから
泣かないよ
折れないよ
でも甘受して呉れるのならば
其れはとても嬉しく尊いこと
私の存在を
ひとりの人間として向き合って
見詰めて呉れるのなら
其れはとてもとても幸せなこと
幸せだと想えることが
何より今は幸せなこと

もう息も地面も白くない
重いコートは脱ぎ棄てた
地面を蹴って 駆けて 足取り軽く
踊る様に
今日は何処に行こうかな
今日は何に心を向けようかな
幸せな心地
幸せな、迷い

high,high a crime/重い重い罪

前の職場の人から、一年位ストーカーに遭ってます。
家も突き止められて(宛名無しの郵便物が届きました)、正直何時警察沙汰に為っても可笑しくない状況です。
先刻もメールが着ました。
友達に相談すると皆、もっと怖がった方が良い、もっと憎んだって良い、と言って呉れます。
其れでも私が彼のことを無碍に出来ないのは、着拒出来ないで居るのは、「ストーカー“被害”」と呼べないのは、一年経つ迄言い出せなかったのは、彼が物凄く優しい人だったことを知って居るからです。
私が職場を辞めてから度々来るメールを読んでも、彼が本当に悪意を持ってやって居るとは想えないからです。
彼は私が唯一の心の拠り処で、私が此の町で生きて居ると判るから、生きられて居られるんだと言います。
上手く漬け込まれて居るのかも知れません。
そう言って仕舞えば其れ迄です。
でも若し本当だったらどうしよう?
私の一挙手一投足、発言のひとつで、彼が自ら命を絶って仕舞ったら?
其の位強い想いを抱かせて居るのだとしたら?
そして彼の想いが、綴る文章が本当のものだったとしたら、私が此れから向かって行こうとして居る道が、私の大好きな人に対して取ろうとして居る行動が、全部彼と同じものに為って仕舞うのではないか?
そう、私は恐い位彼の気持ちが判って仕舞う、彼と紙一重と言っても、きっと過言では無いのです。
だからメールが着たら、怒りを抱くよりもずっと先に、心臓を本当に鷲掴みにされて居る様な苦しさに見舞われる。
きゅうう、って体が縮こまって、泪が止まらなく為る。
どうしてあの時私は、此処迄の想いを募らせる程に放って置いたのでしょう。
どうして、あの時もっとすっぱりと別れを告げなかったのでしょう。
総ては自分が撒いた種で、育ったのは膨らみ過ぎた彼の気持ちと、其れをどうすることも出来ない曖昧な小娘の私、仕様の無い悪循環。
一歩間違ったら、何かの手違いで私の方が殺されちゃったりなんかして。
最早笑い話にも為りません。

今月末で彼の働く、私の元職場は無くなります。
其の職場一本で生活して居た彼は、故郷に帰るのか、はたまた私の暮らす町で、私を拠り処にお仕事を探すのでしょうか。
どちらにせよ、どうかどうかお互いに良い方向に向かって行って欲しい、向かって行きたい。
もっと私が強かったら?頭が良かったら?優しかったら、世界ってこんなに広いんだよ、私以外の生き方なんて、星の数程有るんだよって、教えてあげられるのになあ。
手放しに祈るしか出来ない私は何て矮小で無力で莫迦で無責任なんだろう。
一層殺されちゃえば良いの?

どうしてこんなに、人の想いって上手く通じ合わないんだろう。

出逢い連ねて繋がってゆく。

今晩は。
お写真の無い記事続きで申し訳御座いません。
何せ引き込もって居るもので・・・如何せんネタが・・・(笑)
あ!ネタと言えば、旧暦では今日が一月一日のお正月で、一年の幕開けなのだそうですよ!
今年は此処では言い損ねましたので、今日言っちゃいます!
明けましておめでとう御座います!
今年も、亀さんブログと賞味期限切れ管理人(未だ言う/笑)を宜しくお願い致します!
此の二千十三年が、皆様にとってより良いものと為ります様、お祈り申し上げます*
因みに今日私は此の歳にも為って、お年玉と称したグミを戴きましたよ、母から。(笑)

そしてそして、更に拍手ぱちぱち有り難う御座います!
コメントへの直接的なご返信は出来ませんが、reiLaさん、tomiさん、ゅぃさん。
名指しで失礼致します。
ご丁寧なメッセージを本当に有り難う御座いました。
偉そうなことを言える立場では勿論ありませんが、皆様も頑張ってらっしゃるのだなあと、大変勇気付けられました。
励ましのお言葉も、とても心強く、力を戴いた気持ちで居ります。
宜しければ又遊びにいらして、お言葉投げ掛けて下さると嬉しいです^^*

さてさて。
数日堕ちて泣いてをして居た私ですが、何とか浮上です。
波が襲って来て呑まれて居る時は、こんなこと絶対に想えないのですけれど、波は必ず引いて行って、ちゃんとほっこり笑える日が来るものなんだなってつくづく想いました。
毎日って上手く出来て居るものです。
何だかんだで私はとても人に恵まれて居ます。
口癖の様に為って仕舞って、良く「私お友達居ないから」なんて口走りますが、今居て呉れるお友達が聞いたらきっと私のこと、はたき倒したく為りますよね。
とっても失礼で軽率な言葉を私は発して居たのだなあと実感します。
地元で遊んで呉れるお友達が居ないのは切実に確かなのですが。(笑)
半年後に迫る“一歩”に備え、切った筈、切れた筈の縁をもう一度結び直して、繋ぎ直してみる作業。
気が遠く為るかなって想ったけれど、世界は想ったより私に優しかったです。
有り難いなあ、皆みんな、纏めて抱き締めて有り難うを伝えたいよ。
前向いて行くからね。
前向いて、生くからね。

私は誰なのかしら? どこへ向かうの?

今晩は、花彩です。
拍手ぱちぱち戴けるのが、何だか久し振りの懐かしい感覚でとっても嬉しいです。
ぱちぱちして下すってる方々も、読んで下すってるだけの方々も、本当に有り難う御座います*
もう忘れられて当然のブログと、完全に賞味期限切れ(笑)の管理人なのに、こうして書くことを甘受して戴けて居ることが、とても嬉しいです。
有り難う御座います。

今日は少し暗い話題に為って仕舞うかも知れません。
でも書かなきゃ消化出来そうにも無いですし、書いても消化出来ないかも知れない様なことなので、ものは試しに書いて吐き出してみますね。

ご存知の方もいらっしゃるかと思われますが、私の両親は離婚して居て、私は母と母方の祖父母の家に居候させて戴いて居る身です。
母には彼氏さんがいらっしゃいます。
こんな私にも良くして下さる、本当に本当にお優しい彼氏さん。
此処迄書いて置いてアレですが、今回の事柄、昔にも書いた気がして参りました。(笑)
でも消化してないから又書こうと想って居る今ですし、気にせず書きます。
母はボディーボードが趣味で、良く海に行くのですが、彼氏さんも又同様です。
そんな母の海仲間は、現在ご結婚ラッシュなのであります。
彼氏さんは母よりも随分歳が下で、お若くて、おまけに子供好きと来て居ます。
きっと早く結婚為り同棲為りしたいであろうと、心中を察します。
私の体調が未だマシで、回復の傾向が見られて居た当時なんかは、
「花彩が高校を卒業したら、一緒に暮らそうね。」
なんてお話もして居たそうです。
母は言います。
「もうあんたひとり育てるのに全身全霊尽くしたから、もうひとり産んで育てるだなんて絶対無理だよ。」
母は心配します、若い彼氏さんの将来を。
「今私から別れて置けば、彼には当たり前に新しい彼女が出来て、当たり前に結婚して子供を産んで、其れがきっと彼の幸せなんじゃないかなあ。」
私は想います。
「じゃあ、ママの幸せは?」
普段の何気無い会話から取れる、胸に刺さって抜けない“チクリ”を、私はもう何度も呑み込んで、心の中で土下座して、ご免なさいを何度も唱える。
二人の間に立ちはだかる難関、其れは紛れも無い私なのです。
眼の上のたんこぶと言ったって、きっと過言じゃない。
もう私は大人になんか成り下がったので、だから死のうだの消えようだの、そんなことは考えません。
全くと言ったら嘘に為るけれど。
だけれど、もし私が居なかったら?産まれなかったら?存在しなかったら?
及び、幾分かの確率で、私じゃない私が産まれて居たら?
離婚こそして居たかも知れませんが、きっと直ぐに今の二人は一緒に為れて、当たり前に幸せを手に出来る。
絶対、絶対に今よりも良い、全く違う未来が二人には在った。
途方も無い話です。
仕様の無い話です。
でも、確実に私の胸に何時も在る、夢の様なお話です。

ご免ね、私みたいな出来損ないが産まれて来て仕舞って。
誰も私の存在なんて望んでないかも知れないのに、勝手に生きる決意なんかしちゃって、のうのうと生き存えて、はびこって。
私じゃ大事な二人を、大事な人達を幸せにしてあげられない。
神様。
私を創った理由と意味を、流行りの百四十字程度で書き表しては呉れまいか。
そしたら其れを胸張って、大事な貴方や貴女に見せびらかすよ。

そんなどす黒くてひねくれた考えが、振り払えない夜だって有る。
生きてる意味、生かされて居る意味、探し始めてもう何年?
探し続けて、後何十年?

会いたい人を指折り数えて 会えない人だけ溢れてこぼれて

もう会いたい人を、大好きな人を、待ってるだけの自分は厭だ。
会いたいよ、会えないよ、届かないよって、泣いてるだけの自分は厭だ。
此の足は歩ける、走れる、行けるよ、其処に。

決意。
半年後に私は大きな一歩を踏み出します。
此の一歩を踏み出さなければ、私は多分、ずっと先に進めない。
ずっと待ってるだけの自分。
ずっと泣いてるだけの自分。
諦めるのだけ莫迦みたいに上手な、自分。
違うだろ?
本当は諦められやしないだろ?
こんなに大きく膨らみ過ぎた想いを胸にして。

どうせ生きる方を向いて居るのなら、無様でも進みたい。
折角生かして貰えて居るのなら、幸せに為りたい。
幸せの意味も愛の意味も未だ曖昧な儘でも、其れでも笑いたい。
平坦な道を笑顔も無い儘進む位なら、声を上げて泣いても、又ちゃんとお腹を抱えて笑える様な道を進みたい。


ずっと大好きだよ。
こんなに泪が止まらない程。
私なんて重いよ、要らないよって跳ね飛ばされても良い。
無視されたって良いよ、耐えるよ。
そんなことしたって本当は優しい貴方を知ってるから。
優しかった貴方を知ってるから。
だから其処で、貴方は貴方の儘で居てね。
待っててなんて贅沢なこと言わないよ。

後半年で私はどれだけのことが出来るだろう。
出来るだけお金を貯めて、其れから、其れから。
未だ詳しいことは言えないけれど。

頑張ろう。
半年で変わらないだけの想いを私は持ってる。
後は自分の決めてゆく、小さな一本一本の道次第だ。

ピアッシング。

切って呑んで泣いての繰り返しの日々です。
でも有り難いことに楽しいことも有ったので、其の内浮上出来たら記事にします。
先刻無性にピアスを増やしたく為ってピアッシングしました。
ヘリックスのド天辺。
ニードルが空に突き抜けるみたいに。
ニードルのゲージ数が太かったのと使い古しだったので大出血したけれど、寧ろ心地良い。
一先ず普通の銀の玉を埋め込んでますが、お金が入ったらボディピに移行予定です。

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黒い髪は夜空
浮かぶ黒い星
闇に溶ける黒い星
お願いごとをひとつ
届きますよう
如何か届きますよう

幾つ穴を増やして埋めても
此処に空いた穴だけは埋まらないの
無意味にも思える行為
でも自分を保つには
もう
此れしか

お願いごとをひとつ
届きますよう
如何か届きますよう
お空の天辺へ

咲き誇る。

何時も背中を丸めて歩いて居た様に想う。
昼も夜もそうだった。
今日の帰り道のこと。
崖の上を何とは無しに、ふと見上げると。
我が家の庭の早咲きの桜が満開に咲き誇って居た。
夜闇の中でも煌々と、生命の力を降り注ぎ。
泪が止まらなかった。
ぼろぼろぼろぼろ次から次へと止めど無く。
せっせと当たり前の様に花を付けると云う仕事をこなして居たのだろう。
私が死んだ様に眠って居る日も、闘って居る日も変わらずに。
名も無き花も、そうして一生を始め、終えるのだろう。
例え誰一人にも気付かれなくとも。
そんなひたむきさが好きだ。
私が死んで、輪廻転生なんて高尚なものへと加われるのなら、花の種に成りたい。
誰にも気付かれなくても誉められなくてもひたむきに咲く小さな花に成れたら、其れで好い。
人間だった記憶と、遺した人を思い、朝早く早く朝露を泪に代えて、ひっそりと泣ければ好い。

桜の木は巷の桜が次々と花を付ける頃にはさっさと花を散らせ、毎年さくらんぼを実らせる。
今年も笑い乍ら収穫出来ると好い。

ブログは相変わらず未だ通常運営には戻せそうには無いのですが、春の便りを皆様にと、浮上して参りました。
春が来たと思い張り切ってマフラー無しで外出したら思いの外寒くて痛い目を見ました。
花彩はちゃんと、変わらず元気です。

歩き疲れて降り出す雨 つかみそこねたウサギを追って あなたの目は 透き通る暗い海の底で息をしている水

ご無沙汰して居ります。
詳細は未だ書けないのですが、花彩は今、人生で無い位、息せき切らして走って居ます。
「頑張って」居ます。
自傷もずっと絶って居ます。
泪を呑み込む術をも体得致しました。
ブログを六年やって来た上で、「無理をしないでね」と、お優しい言葉を掛けて下さる方は大勢いらっしゃるかと思います。
でも今は、無理をしてでも、頑張らなければいけない時です。
「頑張って」、大嫌いな言葉です。
でも今は、今だけは、此処を読んで更新が無くて心配して下すって居る方、陰でずっと私を支え続けて下すって居る方は、私の背中をバンッと叩く勢いで、「頑張れよ」と、如何か応援してやって下さい。
私は大丈夫です。
必ず此処に戻って来ます。
駄目管理人の駄目ブログですが、見放さずに居て下されば、此の上無き幸せ。
未だ未だ寒い日が続きますので、皆様もお体に気を付けてお過ごし下さい。
其れでは、失礼致します。

無題。

迫り来る然様ならに
声も上がらないの
ねえ
一度だけ魔法が使えたのなら
もっと楽に生きられた?
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