極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

2009年05月の記事

心の奥でそっと 貴方を思いながら

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下の記事を書いてから今の今迄ダウンして居りました・・・
ベッドと大変仲良しこよしで。
でもダウンする前に取り敢えずひとつだけフェイクアイスクリームを作り上げました(笑)
写メ参照です。

そしてお手洗いの日捲りカレンダーを見て驚愕。
今日ってVAMPSのライヴ当日じゃないですか・・・!!
危うく見過ごす処で御座いました。
然し此のバッドコンディション・・・
朝四時頃から目が覚めて居たのですが、其れから何時間も何時間も、行こうか諦めようか悩みました。
圧倒的に諦める方の選択肢の方が強かったのですが・・・やっぱり行って来ようと思います。
折角取れたチケットを無駄にしたくないと云うのは勿論のことですが、HYDEさんのお声を聴いて居たら、何を如何考えても好きで好きで仕方が無いと再確認したのです。
少々の無理なんて厭いません。
大好きなお洋服を身に纏って、胸を張って、足を踏み鳴らして、会いに行って来ようと思います。
盲目的に大好きなあの人に。
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れでぃーすえんじぇんとるめーん。

zairyo.jpg
さてさて皆様如何お過ごしでしょうか。
夜も更けて来て今晩もやって参りました。
粘土弄りタイム。
今日は材料も、矢張り又百均を駆使して結構沢山買い足して来ました!
お陰様で立ち眩みで何度も倒れそうに為った上にヘトヘトに為って今迄ダウンして居た訳ですが・・・
粘土弄りは座って居なくても出来るので楽で好いです。
細い作業に集中するので異様な疲れに見舞われますがね・・・!(笑)
まぁフェイクスイーツ作り、楽しもうと思います♪

honey so sweet 限りない夢を この両手につかんで

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どうせ眠れないからと、以前から興味津々だったスイーツデコに挑戦中です。
こう云う細い作業ってやり出したら切りが御座いません・・・
材料は家に有る物ばかりで済ませました。
ホイップクリーム部分なんて、お風呂場のタイルの間を塞ぐ為の「バスボンド」ですよ(笑)
其れから上に乗せたベリーもパールもお家に有ったもの。
・・・って、あら、未だ何を作ったのか言って居りませんでしたね(笑)
歪でお見苦しい点が多々見受けられますが一応マカロンの積もりで作りました。
奥が第一作目、処女作です。
手前が少し改良してデコラヴにしたもの。
粘土は百均の「ふわっと軽いねんど」為るものを購入し、着色にも同じく百均のアクリル絵の具を使いました。
なのでとっても安上がり。
掌サイズで、実際のマカロンと同じ位の大きさなので完全に観賞用ですが、好いのです。
初めてで此れだけ作れたのだから充分満足、自己満足。(笑)
粘土の扱いは思って居た以上に難しかったけれど、ホイップを絞るあの感覚、忘れられそうに有りません・・・★
創作意欲むくむくです。
makaron.jpg

教室で誰かが笑ってた それはとても晴れた日で

先程の二つの記事では気丈に振る舞って文章を打って居たのですが、実は心身共に結構参って居たり致します・・・。
本当は昨日が通院日だったのですが、辛くて行けず、今日何とか身体を引き摺って行って参りました。
腕はぼろぼろで、おまけに太腿にも傷を創って仕舞いまして、更に摂食障害の過食迄出て居る有様です。
如何にも我慢が利かなく為って、初めに太腿を切りました。
母親に見付かり難いと思った為。
見付かったら又問答無用で殴られますから。
其処で止めて置こうと思ったのですが、やっぱり我慢出来ずに刃物は腕へ。
・・・隠すのが非常に面倒で御座います。
此の度の先生はリストカットを咎めません。
でも脚は止めて置きなさいと言われました。
痕が残り易いから、スカートが穿けなく為るよ、と。
ロリィタファッション一直線な私は太腿が見える程短いスカート等穿く気は毛頭無いので、大して気にして居りませんが。
抑[ソモソモ]こんな醜い身体等、如何為ったって知ったことでは有りません。
で、病院へ行って来たのですが、着いて直ぐに力尽きてソファに倒れ込んで仕舞い、ベッド行きでした。
バスに揺られて居る時から涙腺が緩くて、何時決壊するかな、なんて思って居りました。
倒れ込んだ革張りのソファの感触と消毒液の匂い、無駄に優しい看護婦さんと少し固めの清潔なベッド。
其れ等が高校時代の憎くて愛しく、無垢で残酷な思い出を思い起こさせて、恐い様な、其れで居て酷く懐かしい感覚に襲われ、為す術も無く心を掻き毟られて、泣きました。
以前にも書いたことが有りますが、やり残したことが多過ぎるのだと思います。
あの時はもう呼吸をするのさえ必死で、何を如何することも出来なかったのだけれど。
度々夢で見る学生時代の風景が、どんなに酷いものであろうと、目が覚めた時には其れに必死にしがみ付こうとして居る自分が居るのです。
何時か過去と決別出来る日を望むのに、同時に淋しささえ覚える。
本当に矛盾だらけです、もう。

其れから先生の口から告げられたことで、迷って居ることが御座います。
二十歳に成ったら障害者年金を受けないか、と。
働かなければ為らないと云う焦燥感から症状が余計に悪く為って居るのは自分でも重々承知なのですが、其れならば月に四~五万円程度ではありますが国から支給されるお金を受け取っても悪くないのではないかと先生は仰いました。
障害者年金の存在は知って居ましたけれど、正か其のお話が自分に向けられるとは思っても見なかったので、正直面食らいました。
二十歳の誕生日迄後数ヶ月。
矢張り何度も言う様に、病を免罪符にして、甘え腐って迄生きる意味は有るのかと云う疑問が残ります。
母親や父親の様には成りたくない。
如何してもそう思って仕舞うのです。
年金を給付して貰うか否かは未だ決められそうに有りません。
只、ひとつ言えるのは自分に妥協だけはしたくないと云うこと。
其れ以外は未だ心の整理が付きませんし、何とも言えません。

長々と愚痴愚痴書き連ねて仕舞って済みません。
読んで下さった方、いらっしゃいましたら有り難う御座います。
少し早いですが、今日はもうお薬沢山呑んで眠ろうと思います。

猫センサー発動。

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野良猫ちゃんが良く集まって居る場所で一匹発見して激写★
普段餌を貰って居るのか、警戒心も薄く、近寄ってもそんなに逃げませんでした。
元気に生き抜くんだぞーっ

今を越えて ここを越えて また笑ってみせて

最早完璧に"週記"に為って居る此のブログ・・・此れで良いのでしょうか・・・orz
更新したい気持ちは山々なのですが、如何せん体と気力が着いて来ない。
毎日訪問して下さってらっしゃる方への恩返しの意も込めて、成るだけ更新したいで・・・更新します!!;

さて。
もう当に過ぎて仕舞った母の日ですが、今日は其の話題を少しばかり。
去年は手描きのイラストをプレゼントしたのですが、今年は少し奮発して二つのものをプレゼントしました。
親子揃ってジブリ大好き人間なので、一先ずはどんぐり共和国(ジブリ専門ショップ)へ行って色々と物色。
可愛いコルクの蓋の小壜[コビン]に、精巧に陶器で出来たネコバスとトトロの置物が入ったグッズを発見して、少し値段は張りましたが購入。
其れと云うものの、どんぐり共和国へ行く前に、ショッピングモールで母の日特集のコーナーが設けられて居て、沢山の植物に混じってコッピー(正式名称赤ヒレ。淡水魚です。)が此れ又小瓶に二匹入って売られて居たのです。
母は随分以前から部屋に小さくても良いから何か水草やお魚なんかの入った、心癒されるものが欲しいと切願して居りました。
けれど幾ら小さいからとは言え生き物は生き物。
自分で買うのには非常に躊躇して居る様でした。
其処で私の頭の中でガチコーン★と合致したのが、ジブリとお魚の組み合わせ。
両方大好きなものですから、喜んで呉れる筈だと確信しました。
ジブリの小壜とコッピーを購入して帰り、こっそりと小瓶にコッピーを移し変えました。
其れは私の頭の中で想像して居たビジョンとぴったり当て嵌まり、非常に満足。
お写真は此方★
coppy.jpg
coppy2.jpg
壜の淵には花彩お得意のレースのシールを貼ってデコレーション。
とっても可愛く出来上がりました。
母は思っても見なかったと云う風な顔をして小壜を受け取って呉れて、此れ又満足。

おまけですが、私がコッピーをジブリの壜に移し変える前に説明書なんかを読んで居ると、お部屋に愛猫が入って参りました。
もうご想像は付くと思いますが、流石猫、過剰に反応を示して居りました(笑)
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見てます。
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物凄く見てます(笑)
此の後少し目を離して居る隙に、愛猫はちょいちょいと壜に手を出して、挙句の果てにおでこで壜を倒して転がして仕舞いましたとさ(笑)

以上!母の日報告でした!

ここに生きてる意味がわかるよ 生れおちた歓びを知る

すっかり日記ではなく"週記"に為って仕舞って居ますが生きてます、花彩です。

五月五日。
私にとってとても特別な日。
小さな頃病床の母(今より病状が酷くて寝た切りだったのです)に代わって、少しの間だけだったけれど関西から此方へ来て面倒を見て下さった曾祖母。
朧気な記憶しか無いけれど、眼鏡の奥の眼がとても優しかったのを覚えて居ます。
関西に帰って仕舞って以来は会うことも無く、偶にお電話をすると「花彩ちゃんかね、花彩ちゃんかね、」と、泪乍らに喜んで呉れて居ました。
高校に上がって、おばあちゃんが老人ホームに入ったとお聞きして、学校を休んで母と数泊で会いにゆきました。
其の時は未だ意識がはっきりと有って、お話をすることも出来ました。
其れから又数年経って、今度は余り状態が宜しくない、先がもう長くないかも知れないとのことで、再び会いにゆきました。
其処にはもう以前の様なおばあちゃんの姿は無く、意味を成さない言葉を零して居るばかりで、けれど始終にこにこと笑って居たのを覚えて居ます。
もう誰のことも思い出しては呉れませんでした。
孫である母のことも曖昧にしか思い出せない様で、唯一愛した息子である祖父の名前を出すと少し反応を返して呉れる程度で。
けれど奇跡が起こったのです。
一瞬のことでした。
焦点の合って居なかった瞳ががぴたりと私に合って、生き生きとした表情で、「花彩ちゃんかね!?大きぃ成ったなぁ!」と、はっきりとそう告げたのです。
其の一瞬の後は又焦点の合わない、にこにこと曖昧な状態に戻って仕舞って、もう元のおばあちゃんが戻って来て呉れることはありませんでした。
そんな出来事が有って又数年。
私はすっかり体と心を壊して仕舞って居ました。
てっきりおばあちゃんは生きて居て呉れて居るのだと、又元気に為ったら会いに行くのだと心に決めて居ました。
けれど其の時にはもう、おばあちゃんは亡くなって居たのでした。
おばあちゃんの生前の希望で、身内だけの小さな小さなお葬式を行っただけで、遠方の親戚等は呼ばなかったそうです。
勿論祖父はおばあちゃんの訃報をリアルタイムに聞いて居た筈なのですが、私には告げずに居た様で、其れが心遣いだったのかも知れないけれど、私は随分憤慨しました。
大好きなおばあちゃんと最期のお別れを出来ずに終わって仕舞っただなんて酷過ぎます。
私に出来ることはもう、お仏壇に手を合わせることと、時折思い出してあげることだけ。
歯痒い思いが今でも残って居ます。
そして其のおばあちゃんの命日が今日、五月五日なのです。

五月五日に思い入れの有る理由はもうひとつ御座います。
二〇〇四年に亡くなった、私の敬愛するシンガーソングライター、岡崎律子さんの命日も又、今日、五月五日なのです。
小学生の頃から岡崎さんの透明で底抜けに優しい唄が大好きでした。
辛いことが有っては、淋しい気持ちに為っては、イヤフォンを装着して爆音で聴いて居ました。
そしてひと泣きすれば元気に戻ることが出来て居たのです。
そんな訳も有って、訃報を耳にした時はショックで如何し様も無く、只々泣くことしか出来ませんでした。
更に死後発売された未完成のアルバム、『forRITZ』を発売日に聴いて又泪。
歌詞のひとつひとつが、最早遺書の様な役割を担って居るのです。
病床で作詞作曲を手掛けたものの、未完成の儘終わって仕舞ったアルバム。
けれど其れは驚く程の完成度を為して居るのです。
アルバム最後の一曲はスタッフさん方の配慮で、一番有名と思しき一曲、「For フルーツバスケット」で締め括られて居ます。

朝起きて直ぐに岡崎さんの声を聴いて、お仏壇に手を合わせにゆきました。
けれど少しも前向きに生きようと出来ない・・・否、しない私が、何十年と云う年月を掛けて生を全[マット]うしたおばあちゃんと、最後の最後迄生きようと頑張り続けた岡崎さんに、合わせる顔が無いと思いました。
泪がぼろぼろ零れて、ご免なさい、ご免なさい、有り難う、と、何度も反芻することしか出来ませんでした。
此の記事のタイトルにも引用させて貰った岡崎さんの曲の中に、こんな歌詞が有ります。

『たとえ苦しい今日だとしても
昨日の傷をのこしていても
信じたい心ほどいてゆけると
生まれ変わることはできないよ
だけど変わってはゆけるから
Let's stay together いつも』

『たとえ苦しい今日だとしても
いつかあたたかな想い出になる
心ごとすべてなげだせたなら
生まれ変わることはできないよ
だけど変わってはゆけるから
Let's stay together いつも』

おばあちゃんも、岡崎さんも、とてもとても強い人でした。
私もこんな風に、心から信じることが出来る日が来るでしょうか?
けれど岡崎さんは仰って居ます。

『私は ねえ つよかった?
いいえ いつも揺れていたのよ』

若しかしたら強くなんて成れなくても良いのかも知れません。
強く在りたいと心に留めて置けば、只其れだけで。


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