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極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

2018年07月の記事

何にでもなれるとおもってたけど 何にもなれない僕がここに残った

今晩は。
一年に一度の頻度でのこのこと現れるブログ管理者です。
もうブログお誕生日にお祝いするのは疲れたなあなんて思って今年は六月二十日には記事を上げなかったのですけれど、今年で十二年ですって。
数ばかり増えて行きますね、時間の足はとてもとても速い。

今日は此処最近想うことを何とか吐き出したくて、でも術が判らなくて、ふと此処に立ち寄って文章にしてみることにしました。
心境はもう本当にタイトルに引用させて戴いたCoccoさんの『花も咲いたよな』の歌詞の冒頭、

"何にでもなれるとおもってたけど 何にもなれない僕がここに残った"

この言葉に尽きるのですが。
此のブログを始めた頃、十代の私は自分の何にも出来なさと見えない未来に絶望して居ました。
今と同じ家で、今と同じベッドで、今と同じ真っ白い天井を眺めて、嗚呼私は此処でこうして文字通り根を張って腐って死んで行くんだろう、と想って居ました。
でも何処かで、生きて居れば時間が勝手に魔法みたいにくるくると何時か私を変えてくれるのではないかなんて莫迦げた期待も胸に抱いて居て。
そして此の世に魔法なんて無いって、今頃に為って痛感して居るんです。
遅過ぎる、滑稽過ぎる、莫迦にも頭が足りないにも程が有る。
もうある意味節目と為る歳を目前にして、一体何を夢を見て居たのだろう、私は。
そんな風にふわふわと現実味も計画性も無く夢を見て只じっと蹲って居る間に、足の速い時間は過ぎ去って、ふと周りを見るとぽつんと自分だけ、莫迦な十代のあの時の頭の中のまま取り残されて居ました。

良いものなんて何も残らなかった。
胸を張って好きだと言えることも無い、人も居ない、秀でた才能も無い、知識も無い、遺したい"何か"すら無い。
そして残ったのは世間に持て余される上に自分でも持て余す面倒臭い体ひとつ。
此の文章を遺書にいよいよ死んでみようか?
....なんてことは、もう言いません。
私如きのちっぽけな物体ひとつ此処から消えた処で何も綺麗でも無い。意味も無い。笑い噺にすら為りません。
迷惑だけ只々遺るんだ。

日々たらたら消費することだけ繰り返し、生きて居れば数年後、私はきっと更に後悔して居るのでしょう。
でも上手な生き方も、努力のし方も、何かを大切にする方法も、新しい何かを見付けるアンテナも、私は何ひとつ持ってないから。
「如何しようも無い」なんて甘ったれた言葉で片付けて今日を終わるんだ。


誰か、如何か此の小さな部屋に蹲る私を見付けて下さい。
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