極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

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すててしまうんだもうすぐ 消えてしまう 愛しい人も 優しい日々よ もうすぐ

お仕事を、辞めました。
色々想うことが有って、書き連ねても言い訳にしか聞こえないかも知れませんが、ブログは、文章を書くことは自分と向き合うことなので、書いてみようと思います。
誹謗中傷目的の方は以下からは絶対に読まないで下さい。
花彩の一番甘ったれで汚くて弱い部分を晒しますので。

大事な場所をもう此れ以上壊したくありませんでした。
此処には書けて居りませんでしたが、実は過喚起発作を出すよりも前から、如何しても出勤出来ずにお休みを貰う、と云うことがちょくちょく御座いました。
家から出られませんでした。
汚いお話ですがお腹を下すことも有りましたし、体が重くて重くて動かないことも有りました。
此のブログを以前から見て下さっていらっしゃる方ならお判りかと存じ上げますが、プログラマーのお姉さんがお辞めに為った辺りからでしょうか。
ひとり居なく為れば、ひとりが背負って居た分の責任の重みが、私だけでは御座いません、会社全体に均等に行き渡ります。
其の行き渡った分の責任の重みが私には重過ぎたと云うのもひとつの理由です。
もうひとつは、同時に苦でなかったお仕事が段々苦痛にしか感じなく為って来て仕舞ったこと。
お仕事なんだから、苦痛で当然、此れが世間一般の考えです。
でも私は弱小なので、耐えることが出来なく為りました。
お仕事の効率も当然、下がって居たと思います。

傍から見れば、周りから見れば、元気に楽しく前向きにやって居る様に見えたかと思います。
元気に楽しく前向きにやって居る様に、上手く出来て居たかは別として、神経を削って振舞って居りましたので。
だから誰も私を止めては呉れませんでした。
誰に何を言っても、「そんな良い処もう無いんだから」とか、「楽しそうにしてるじゃない」とか、そんな言葉しか返って来ませんでした。

何よりも手放したくなかった、護りたかった、あの場所で笑って居たかった、でも私には出来なかった。
何故?
判らない。
大事な場所だから、大好きな場所だから、もう此れ以上私の身勝手で負担を掛けたくなかったのです。
大事で大好きな場所を厭いに為りたくはなかったのです。
一時は生き甲斐や存在理由にすら為るのではないかと期待出来た場所を、私は護って居たかったのに、もう気が付けば道は一本しか無くて、其処に呆然と立ち尽くす私には身を後ろに引くことしか生きる方法を知りませんでした。

此の文章を読んで下さって居る方の内のたったひとりだって良いです。
判って欲しい、本当は生死のぎりぎりに私が立って居たと云うこと。
優しい筈の人達の存在が、言葉が、目線が、如何しても恐く想えて仕舞うことが有ったこと。
左腕に過剰に重ねて着けた石のブレスレットの下は何時も傷だらけだったと云うこと。
毎日泣き乍ら、トラックに吸い込まれそうに為り乍ら生きて居たと云うこと。
久し振りに声を上げて泣いたこと。
今も泣き乍ら此の文章を書いて居ると云うこと。
たったひとりで良いから、私を責めずに此れを読んで下さって居れば、此の上無く幸いです。

先日お爺様を亡くしたみぃが、ひとりで何時も行くダイニングバーに居るとのことで、駆け付けました。
みぃの顔がひと目見たくて。
みぃは想ったことをはっきり言って呉れる人なので、此の度のことも色々とみぃの意見を言って呉れました。
でも辞めた次の日にみぃの現実的で恐らく世間一般的な、常識的な、そんな言葉をずばずば言われるのは、正直きつかったです。
「結局今迄と同じじゃない」「もっと他に方法が有った筈」「普通辞めるなら一ヶ月前」「逃げただけ」
全部的確な言葉。
でも、でもね。
折角会えたけれど、早目に切り上げさせて貰って、家に帰って又一頻[ヒトシキ]り泣きました。
泪って枯れることが無いんだなって改めて想いました。
同時に又独りぼっちに為った想いがして、母に「誰も判って呉れない」と零して、此処迄書いた様なことを泣き乍ら話しました。
「トラックに吸い込まれる前に辞めようって思えたこと、勇気だと想うよ。」
「やっと自分が同世代の子達みたいに、只がむしゃらに突っ走れる身体じゃないって、病気なんだって少しは判って来た?」
「撤退の辛さは誰よりも判るよ。普通の人は何かを止めることの辛さなんて判る筈無いけれどね」と、笑って言って呉れました。
撤退の辛さ。
身を引くことの辛さ。
そうだ、其れだ。
そして私が独りじゃないこと、私は誰も判って呉れないと言ったけれど、"誰"が判って呉れて居るのかを、具体的に、丁寧に、嬉しそうに、教えて呉れました。
祖父に「何時も長く続かなくてご免なさい」と泣いて頭を下げに行ったら、「未だ若いねんから、そんなん気にせんでええ、又ええ処が見付かる」と笑って呉れました。
やっぱり泪は止まらないけれど、胸にぽっかり空いた穴はやっぱり埋まらないけれど、今日は切らずに眠りに就けそうな気がして来ました。
言葉で抱き締められて居るみたいな錯角に陥[オチイ]りました。
私の家族はお砂糖よりも甘いのです。
有難う、ママ、じいちゃん。


私は今迄、身の程も知らずに、只前だけを見て、転んで血が出ても骨が折れても無視して進むことが自分の生き方なのだと、そうするしか無いのだと想って居ました。
でも、未だ判らないけれど、屹度[キット]生き方は其れだけじゃないのかも知れません。
トラックに吸い込まれる前に限界だと気付いて身を引いたことが、所謂[イワユル]勇気なら、もう少しゆっくり歩いてみるのもひとつの生き方かも知れない。
厳しい世間は必ずそんな生き方を認めては呉れません。
其れでも私は"独りじゃない"そうなので。
振り返って此のブログを見てみれば、虚勢ばかり張って、「前へ進め」って、お前は猪かってお話です。
今は少し人と深く関わるのが恐いので、暫く単独行動を取って居ようと思います。
でも決して嫌いに為った訳ではないから。
少しゆっくり休んだら、身の程を知って又、一歩を踏み出してみます。
其れ迄は優しい過去だけ抱いて眠ります。

長々と失礼致しました。
最後に、素敵な素敵な職場で過去最長、四ヶ月も働かせて戴けたこと、最後に扉を閉める時、奥さんが私と一緒に泣いて下さったこと、誇りに想います。
沢山の想い出、思い出したら泣いて仕舞うから、暫く胸の底の方に仕舞って置くけれど、時には引っ張り出して天日干しして埃をはたくから、如何か精一杯の"有難う"だけ受け取って、身勝手な私を許して下さい。
此れでもかと云う程の我儘、優しい優しいあの場所に届くかな。

嗚呼、泪が出るよ。
でも今の処生きて行く予定です。
未来を呉れる人が、私にはこんなにも居るから。
明日も貴方に会いたいから。
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