極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

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弾む弾む 命のリズム

病院から帰って電池が切れたみたいにこてんと一~二時間眠り、夜~深夜に掛けて親戚会議が開かれ、其れに参加した後再びカーペットに魅せられ(カーペット大好き人間、花彩。)こてんと数時間眠り、今に至ります。
やっとちゃんと眠れて良かった。
更新待って下さって居た方、いらっしゃいましたら、遅く為りましてご免なさい。

今日(昨日?)は鳥渡[チョット]久々に一日泣き過ぎて眼が痛い上に、流石に憔悴し切ってお疲れです。
お医者様のご説明は昨日とほぼ変化無く、遠方から来た親戚の為に、昨日仰ったことを反芻して下さった様な感じでした。
肝心な祖父はと申し上げますと、もう麻酔は切れて居り、お話等出来ても可笑しくない頃なのですけれど、未だ意識をちゃんと取り戻して居ない儘でした。
でもやっぱり「じいちゃん、花彩よ、来たよ」って言うと、他の人の手は握らないのに私の手だけはぎゅうぎゅう握って、「あ゛ー」とか「う゛ーん」とか、少し返答もして呉れる様に為りました。
母の上の兄、私の叔父も柄にも無く泣いて居て、「親父、聞こえるか?来たで、産んで呉れて有り難うな」なんて言うものですから、まぁ私も我慢等出来る筈も無く、何時迄も手を握って泣いてました(苦笑)
嗚呼、もう、此れじゃ私の役割なんて有ったものでは御座いません。
お恥ずかしい、不甲斐無い。
けれどお医者様から少し、ショッキングなお話をお聞きした後だったので、尚更我慢出来ず。
一命は取り留めました、油断は出来ずとも命の峠は越えました。
けれど矢張り恐れて居た事態、脳梗塞が起こり、何らかの障害が残るのではないのかと云うこと。
・・・車椅子に座れる様に為れれば万々歳、なのですって。
もう元気にお酒を呑んだくれたり、本を読んだり、旅行に行ったりする祖父のことを見ることは出来なく為るのかなぁ、と。
仕方無いこととは言え、奇跡が起こって呉れることを願って止みません。

親戚会議では、ばらばらの私の家庭を、此れから如何して行くかと云う様なことをお話しました。
私は大方聞いて居ただけなのですけれど。
こう為った以上、何時迄もばらばらに崩壊した儘では居られない、少しは結束しないと、とか。
色々とお話したのですけれど、こんな事態に為ってから初めて気丈な母が泣きました。
兄二人が予想以上に今の母に掛かって居る負担に就いて判って、案じて呉れて居たことが判った為だと察します。
母もきつかったんだね、辛かったんだね、此れ以上無い位頑張ってたんだよね。
ぺったりくっついて頭を撫でてあげました、何時も母がそうして呉れる様に。
そして私も泣いた理由、其れは叔父に見透かされたこと。
「お前等、自殺だけはすんなよ」、と。
祖父が亡くなったら、母や親戚のお荷物に為る位なら、死のうと常々思って居た私です。
面喰らいました。

親戚会議が終わって、部屋に戻って母と二人。
「此れから長丁場に為るんだから、自分の身体のことを一番に考えなさい」と言う母に、先述したことを打ち明けました。
勿論諭されました。「あんたが居ないと私だって生きて行けないよ」とか「世の中にお荷物な人間なんて居ない」とか。
でもね、ご免ね、此れは私が決めたことなんだ。
いざと為ったら如何にかして消える覚悟はもう出来てる。
ご免ね、やっぱり私は、周りに此れ以上迷惑ばかり掛けて存在し続けるのは厭なんだ。
今は生きるけれど、生かされて居るけれど、如何しようも無くなったら、やっぱり多分絶つよ。
其の時は役目が終わったんだと思って欲しい。

さて、長く暗く為りましたが、現状はこんな感じです。
又明日・・・今日か、祖父に会いに行ってお医者様のお話を聞いて来ます。
連日祖父祖父祖父と暗い上に面白くない話題続きなのに、読みに来て拍手迄押して下さる方々が沢山で、本当に感謝です。
有り難う御座います。
ではでは、此処迄読んで下さった方、お疲れ様でした。
又折を見て少しは面白い記事を書ける様に頑張りますね。


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