極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

険しき道をひらり 踊るように駆けてく/2011.09.24

どうもお久し振りです。
二十四日に二十二歳のお誕生日を迎えました、相変わらずの駄目ブロガー、花彩です。
色々と想うことが有ったり、単に当日遊び過ぎてぐだって居たりの数日でした。
L'Arcライヴのことは又後日書きます故、今日は少しだけ長々色々書かせて下さいまし。

二十二歳迄、生き延びて仕舞いました。
「仕舞いました」と、毎年の如く、述べました。
でも、数日過ぎた今に為っても泪が零れる位、とてもとても満ち足りて、とてもとても暖かい気持ちであることはひとつ、確かなことです。
私は毎年のお誕生日、其れ以外の時にも、又生きて仕舞った、又此処迄来て仕舞ったと、常に罪悪感を抱えて生きて来ました。
でも此の一年、否、此の二十二年を総括して、本当に色々なことが有って、何時しか其の気持ちは風化してゆきました。
何時も自分なんて死ね死ねって想って居た。
でも去年はそんなこと想う余地も無い位に祝って戴いた。
其の前は?
覚えて居ませんが、もっと自分に無頓着で、もっともっと自分の生に絶望して居たと思います。
でも今は、此処迄来たよ、此処迄歩いて、転んで、走って来たよって、誰にとは無いのですが、頭を撫でて誉めて欲しい気持ちですらあります。
此の一年、色々なことが有った。
休職を決めた。でも其れで自分の立ち位置がほんの少し判った。
ずっと大切だった長かった髪と泣き乍ら然様ならをした、でも其れで後ろ髪引っ張るものとも然様ならして、少しだけ前に進んだ。
大阪に長期滞在させて戴きました。
色々なものを見た。
色々な人と逢った。
色々な人と、自分と、生きる約束をした。
大きな大きな震災が有った。(此のことに関しては“あって居る”と表現した方が正しいやも知れません)
自分の自殺未遂の莫迦さ加減を思い知った。
地球上の人口に制限が有るならば、あの時の命三つ有れば、三人の命を助けられたんじゃないか、なんてことも想った。
価値観ががらりと変わった。
沢山の人と出逢って、沢山の人と然様ならをした。でも其れで大事なものだけ護られれば良いと想える様に成った。

双六[スゴロク]みたいな私の生きる道、否、皆そうなのかも知れない。
けれど私は確実に「今」、一歩ススム。
生きる方へ向かって居ます。
長かった。
死に向かって居た日々。
でも其れも全部大切だったんだって、「今」は想える。
莫迦みたいに喜んでる。
生きて居ることがこんなに嬉しい。
生かされて居ることがこんなに有り難い。
又波が襲ってくれば、其れ等全部呑み込むのだろうけれど、今は取り敢えず此れで好い。
幸せをもう少し、噛み締めさせて欲しい。

お誕生日当日は、みぃ達にお祝いして戴きました。
勿論、直接は会えない方々からも、沢山祝って戴きました。
朝一番は、父のことを思い出して、今日も連絡は無いのだろう、抑[ソモソモ]彼は生きて居るのだろうかと、不安と寂寥感で一杯に為り、でも此の日を迎えられた喜びも綯[ナ]い交ぜに為り、母に抱き付いて泣いて震えて居ました。
でも家を出れば何時も通りのみぃの暖かさに震えは解け、何時しかお腹を抱えて笑って居る自分が居ました。
帰り道は、一日が終わって仕舞う少しの淋しさと、ずっしり心と体で抱えるプレゼントの重みと、後は・・・
生きることを、此れからも生きて行くことを許された喜び。
誰も初めから否定なんてして居なかったのだと気付いた喜び。
そして、自分が生きることを、自分自身で許してあげられた、喜び。
ずっとずっと恐かったんだ。
自分でも死ね、相手からも死ねって、詰[ナジ]られて居るみたいな、被害妄想に囲まれて。
やっと解放された。
やっと自由に為れた。
やっと、やっと後ろめたさ無く生きてゆける様な気がする。
当たり前に笑って良いんだって。
そんな気がする。

少しは大人に成ったのかなあ。
否々全然子供だよ、未だ。

そんな訳で、でろでろでろでろ嬉し泣きの一日でした(笑)
帰ったら帰ったで、祖父が泣き乍ら「花彩~、良かったなあ、おめでとう、おめでとう、」って祝って呉れて、一緒に泣き乍ら少し塩辛いケーキも食べられて。
こんなに恵まれて居て、私、良いのでしょうか。






ねぇ、パパ、見えるかなあ?
私、花彩はこんなに幸せだよ。
パパは?幸せ?
何時か聞きに行けたら、此の足で行けたら、良いなあ。





例に因って例の如く、再び泪でろでろな駄目花彩な訳ですが(笑)
だから書くのを躊躇って居たのも有るのですよ(笑)

皆、有り難う、沢山、沢山有り難う。
此れからも亀の歩みでも進んで行くから。
死に向かって居ない花彩に用は無いよ、な方とは此処で然様ならかも知れません。
でも、そうで無い方は、此れからも着いて来て戴けたのならば、此の上無き幸せ。

二十二年前に、心の底から生きたいと、産声を上げて泣いたこと。
其の決意を再び、今。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。