極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

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ムラサキの雲のその先を見ようと君は先に走り出して消えた

皆様今晩は。
今年ももう終わっちゃいますね。
紅白はお目当てのL'Arcと林檎嬢が早めに出て呉れて良かったです。(笑)
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短かった駆け足の一年。
毎日同じことを繰り返して居る様で、毎年やっぱり何処か違う一年。
実は年末に思い知らされた残酷な事実が御座います。
父方に預けて居た、私が幼稚園児の頃から飼って居た愛犬の小さな命の灯が、消えて居ました。
父方に預けることに為った経緯は、若しかしたらもうサナトリウム内に書いて居るやも知れませんが、改めて心の整理を兼ねて此処に書かせて戴こうと思います。

家族三人で暮らして居た頃、今家で飼って居る愛猫、天ともう一匹、シェットランドシープドッグ(通称シェルティ)のわんこ、陸が一匹居りました。
母にとても懐いて居て、母の後ろを常にぽてぽてと着いて回る、気の弱い、優しい気性の陸でした。
家族仲が良かった時には何度も一緒にキャンプにも行きました。
家犬だったので、寝る時だって何時も一緒でした。
私は餌やり当番で、毎日ご飯をあげるのが日課でした。
ところが犬猫にとっては屹度[キット]迷惑極まり無かったであろう、離婚の時がやって来ました。
父は車で一時間離れた実家に住まうことに為り、母と私はお隣だった母方の祖父母の家に居候させて戴く身と為り、祖父の反対を押し切って、陸と天も此方が引き取ることに為りました。
然し動物にとって、環境が変わると云うことは大きなダメージで、天の方はすんなりと馴染んで呉れて今に至るのですが、陸の方はと言うと、違う子に為って仕舞ったかの様に、以前は一切と言って良い程しなかった、無駄吠えをする様に為り、あちら此方で粗相をする様に為って仕舞いました。
祖父は元々飼うのを反対して居ましたし、当然怒髪天[ドハツテン]を衝[ツ]き、外に出せと命じました。
祖父も一度可愛がって居た愛犬を亡くした経験が有った為、もう同じ哀しみを味わいたくなくて、敢えて突き放した対応を取って居たのだと思います。
けれど再び環境が変わったストレスで、陸の無駄吠えはエスカレートしてゆきました。
早朝から深夜、時間を問わず鳴きまくる。
其の時私は高校に入って一番辛かった時で、ほぼ寝た切りの日々が続いて居て、陸のこと迄気を回してあげられなかったと云う風に記憶して居ます。
ある朝早く、早朝覚醒した儘ベッドの中に居た私に、小さな消え入りそうな声で母は、「陸、パパの処に連れて行って来るね・・・」とドアを少しだけ開けて告げました。
私は何も言えない、出来ない儘、無力さに打ちひしがれて居ました。
けれど一番懐いて居た陸を手放す母は、どんなにどんなに辛かったことでしょう。
父は身辺の管理に関してとてもだらしが無い人間です。
逆に母は潔癖と言っても良い程の綺麗好きです。
だから、陸は何時もふわふわの毛並みをして居ました。
けれど父方に陸を預けて、ちょくちょく会いに行く度、陸は以前の毛並みは何処へやら、どんどんボロ雑巾の様な酷い有様に為ってゆきました。
そして父とも色々有って、成人式の前撮りのお写真を父方の祖母に見せに行って、父と縁を切ってからは一切陸とも会って居ません。
酷い飼い主だと、本当に思います。
そして先日父方の祖母から聞かされた残酷な現実。
普段は電話をする機会なんて無いのですが、母方の祖母が私に掛けて呉れて居た保険金が父方に振り込まれて居た様でごたごた有って、祖母同士の話が終わった後に無理矢理電話機を渡されました。
すると父方の祖母は酷くあっさり、「あのねえ、陸死んだよ」と私に告げました。
七月の二十六日だったそうです。
兎に角泪を見せたく無くて、適当に話して電話を切って、わんわん泣きました。
だって私、陸に最後に会った時、嘘を吐いたのですもの。
「ばいばい、長生きするんだよ、又会いに来るからね」
なんて、果たせない約束を物言えぬ動物と、交わして、結局破って裏切って。
何であんなこと言ったんだろうなあ。
莫迦だなあ、私は本当に。

ご免ね、陸。
こんな飼い主で本当にご免ね。
夏、越せなかったんだね。
私は何とか夏を越して、今ものこのこ生きてるよ。
天国と云う場所が若しも在るのならば、其処の居心地は如何かなあ?
大好きなママと会えなかったのは辛かったよね。
でも必ず私達は君のこと忘れたりなんてしないからね。
其方に行く迄未だあと少し有るだろうけれど、其れ迄の間、如何か淋しい思いなんて、此れ以上しないで居てね。

本当はもう次に父方のお家に行く時は陸は亡くなって居るんだろうなあ、と漠然とは悟って居ました。
でも私はもっともっと元気に為って、父と再会する決心が出来て、自分の足で歩いて行けた時、其の時に陸の訃報を自分の耳で、眼で、確かめたかった。
ひと言多いよ、ばあちゃん。

こうして文章を打って陸の存在や現実を目の当たりにして居る間は泪が止まりませんが、此の眼で見て居ない分、未だ何処かで生きて居るんじゃないかな、と錯覚を起こします。
弱い私は此の優しい錯覚に包まれた儘、未だもう暫くは哀しみの最高潮を抑えて居るのだ想います。
でも陸のこと、忘れたのとは違うから、信じて居て欲しいです。

「今でも同じように見果てぬ夢を描いて 走り続けているよね どこかで」
@時には昔の話を

一年が終わる。
来年はどんな年?
見当も付かない。
けれど、来年かも知れない、再来年かも知れない。
愛しいあの子は大切な貴方は旅立ってゆくのだろう。
其れに耐え得る力が欲しいよ。
生きる力、漲[ミナギ]る程に。
来年の抱負なんて無いけれど、只ひとつ願うとしたら此れかなあ。

其れでは皆様、毎度のこと乍ら長く為って仕舞いましたが、お読みに為って下すった方は有難う御座います。
では、良いお年を。
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