極彩色サナトリウム

此処はちぐはぐサナトリウム 灰色の花さえ極彩色に変わりましょう  くすんだの貴方の心さえ極彩色に彩りましょう ご来院の際はお足元にどうぞお気を付けて 

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『蛇と月と蛙』

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又もや少しばかり時間が経ちましたがこんにちは。
立て続けに外出して居たら見事に体調を崩して寝込み、今日迄読書すら不可能でした。
でも元気なので大丈夫です。
今日読んだ本、『蛇と月と蛙』も、図書館で借りて来た田口ランディさんの新しめ(二〇十一年発行)のご本です。
前回は私小説の様なエッセイの様なご本でしたが、今回はフィクションの短編集でした。
 其の一、「影のはなし」は、生きて居る人間にべったりと張り付いて居ると云う“影”に就いてのの考察と死に就いて描かれて居ます。
 其の二、「むしがいる」は、鳥インフルエンザに翻弄され、小さな息子が人を指差して言う、何かの象徴である“むし”に翻弄される女性のお話。
ラストには首をドスッと落とされるかの様な衝撃が有りました。
 其の三、「4ヶ月、3週と2日」は、同タイトルのルーマニア映画にまつわる(恐らく)ランディさんの体験、女性の解放、性、映画の主題と為る、“堕胎”に就いて描かれて居ます。
 其の四、「河童と遭う」は、ランディさん作品では珍しい男性主人公のお話で、迷信を疎み、芥川龍之介の小説「河童」を好むやや堅物の主人公が、知人の死をきっかけに沖縄へ行くことと為り、不思議な体験を通し、日々の細やかなことを想い直す様な、そんなお話です。
 其の五、「月夜の晩に」は、男にだらしのない母に、養子として実母の妹に育てられた主人公が、死に際の義母の傍らで、生理的に好きに為れない実母とのやりとりをする場面を物語の軸とし、幼少期を一緒に過ごした二匹の犬とのエピソード等を交えたお話です。
 其の六、「蛇と月と蛙」は、群像劇の様に、名前も明かされぬあらゆる人々(脚を失くした男性、カミサマ、味噌を作る人、童話の中の人物等々、兎に角多種多様な人々です)が、此の本の土台に在るキーワードと思しき“ヒト以外の生物と人間”に就いて、在り方を導き出してゆくお話です。

人間は人間と云う生き物だけで成り立って居る訳では決して無く、身の回りに何時も居る小さな(時に大きな)物言わぬもの達の存在が在ってこそなのだと云うことを忘れて仕舞っては、何時か滅びることに為るのではないかと云う、ランディさんの警告の様なものを感じ取りました。
どのお話も、何処か背筋が薄ら寒い情景を描いて居て、好き嫌いははっきり分かれて仕舞う作品だとは思いますが、最後迄読めば、此の作品は短編と云うより、ひとつのとても大切なテーマに沿って書かれた短編連作なのだなあと深く想わされる様な作品です。
どうか表紙にビビらずに(笑)読んでみられることをお勧めします。

全部あらすじをご紹介して居たらえらく長く為って仕舞いました。
此の作品に関しては、此れにて終了とさせて戴きます。
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